本日の葬儀の相談窓口
2016-10-22
黄檗宗をひらいたのは 隠元(いんげん)(1592年~1673年)明の福州出身。
中国の黄檗山に参禅し、鑑源(かんげん)の法を継ぎます。
1654年、長崎の禅僧・逸然(いつねん)の招きに応じて来朝します。
3年で帰国する予定でしたが、4代将軍家綱の崇敬をうけます。
黄檗宗は、栄西などが伝えた臨済宗の流れの中にあります。
それまでの日本に伝わった臨済宗は宋時代のものですが、
隠元が伝えた臨済宗は、明時代のものです。この間、臨済宗は進化し、変化します。
日本の臨済宗は座禅をするときに、何もない「無の境地」を目指します。
一方、黄檗宗は座禅をして、阿弥陀如来と一体になることが悟りの境地です。
したがって、臨済宗では読まない『阿弥陀経』や念仏も称えます。
このため、念仏禅とも呼ばれています。
黄檗宗という宗派名は明治以降のもので、当時は臨済正宗・臨済正伝黄檗派
といいました。黄檗宗は、中国から伝わった最後の宗派です。
黄檗宗の教え♥幸せになるためのヒント♥
座禅をし、心の中にある 極楽浄土を観じなさい。